男の子になれば、なんだってできると思っていた。中学の頃かなぁ。ちゃんとした恋愛もまだしたことがなくて、女子校で、女の子に囲まれて。思えば、自分が女としての価値が低いと感じていたから、なのかもしれない。
女の子はみんな可愛い。自分は背も高かったし、美人でもなかったし、なんだかぼんやりした存在だったから、男の子になれば愛される、なんて思っていたのかもしれない。事実、演劇部でも男性役を多くもらえていたし、あと、女の子に頼られるのが好きだった。その反面、天邪鬼な私は、たまに舞台で女の子の役をしては、「私はこういう一面もあるのだ」と誇示するようなこともあったっけ。ほかの学校の男の子にアプローチしてみたり、そんなこともあった。
「中間」。
そういう性があると知ったのは、ごく最近…というか、5年くらい前かな?自分はもう結婚してて、女の子を好きになってて、でもそれってどういうものなのか、理解はしてなかった。インターネットで、とあるサイトをみつけて。どうやらもう閉鎖されたようだけど。
男性でも女性でもない、という「感じ方」が、自分だけじゃないんだなと初めて知った。
自分は、女性のカタチをしていて、女性のココロも持っていて、でも、「男性である自分」に憧れを抱いている存在。
憧れ、って、今一番近い言葉なのかなと思う。昔はもっと強かったけど、今は女である自分も嫌いではないから。(恋人のおかげかな)
そういえば、「center sex」は造語です…。生物学的にそんな言葉は存在しないはず。なんとなく、真ん中もありなのでは、と勝手に思うだけ。
非力だったり、化粧が好きだったり、たまにはくスカートが嬉しかったり、胸元の大きくあいた服をきると、職場の男子が「つい」胸元を見てしまうという反応が笑えたり(電車のおっさんはやだけど)、可愛いものを「可愛い!」と抱きしめられたり。そんな女である自分が好きだ。多分、恋人もそんな私が好きなんだと思う。
もし自分が本当に男の子だったら、心底「女になりてぇー」ってなってたんじゃないかな。おそらく、結婚とかもしないで、親に内緒で化粧とか女装とか、若い子に手を出したりとかしてそう。
自分を認め、好きになるためには、自分以外の誰かの評価が必要だと思う。私にとっては、配偶者、そして彼女が、私を映す鏡。彼や彼女が、私をいとしい存在と感じてくれれば、自分を大切だと思える。