私は、自慰ではいくらでも気持ちよくいける。でも、他人にいかせてもらうのはとても苦手。女性とのセックスにおいても、ちゃんと自分もきもちよくなれたのは、2度、寝るだけで終わった年上の女性だけだった。不思議とね、相手のことが全然わからなくて、ただ気持ちよくなりたかっただけだったから…かな。(相手が単純に上手だったという話も…)
私が半分は演技で何年もセックスをしていたということを、もちろん主人は知っているだろう。演技というか、私は「もう十分気持ちよかったから、いいよ」と言って、挿入させていた。不感症ではないので、きもちよくはなれるのだけど、達するには至らない…というのが毎回のようだった。
どうして自分ですると簡単なのに、相手がいると駄目なんだろう…と悩んでいたけれど、精神的に「いきたい」という気持ちを最大限に出して、その興奮をからだに伝えてあげなくてはいけないことを、最近理解した。挿入しているときに、中でいくことはできないけれど、表面を舐めてもらうことで私はいくことができる(ことも、最近知った)。疲れてると時間もかかって、主人は大変そうだけど…でも、男性はとくにそれが支配欲にもつながるから、満足してくれる。
おかげで、「なんとなく」していたセックスに、意味もでてきた。からだもこころも満たしあうことができる。それがセックスの本来の目的なんじゃないか?
馨と私は、互いを晒しているようで、多分薄い膜が一枚かかっている。私はタチという気負いも多少はあるし、彼女もネコとしての欲求を私が満たしきれないというじれったさもあるんだろう。そういうの関係なく、お互いが気持ちよくなれるセックスがいつかできるようになりたいなぁ。その前に、肌に触れたいです。肌に触れて快感を共有することで、私たちは繋がることができる。全部脱ぎ捨てて 求め合える日を、 夢見ています。